導入事例

感性はビジネスを動かす ―
熱量とロジック、その交差点(前編)

対談インタビュー

感性がどのようにビジネスを動かすのか ー 異なるフィールドで活動する2人のプロフェッショナルに共通するのは、「課題にどう向き合うか」という姿勢。

2025年10月 東京・天王洲運河一帯(寺田倉庫ほか)で行われた、国内最大級のアートフェスティバル『MEET YOUR ART FESTIVAL 2025』でコラボレーションを果たした、音楽・空間デザインで国内外から高い評価を受けるアート・ディレクターの藤田二郎氏と、EC業界を牽引してきたビジネスリーダーで KANADEMONO カンパニーを率いる石川森生氏による、アートとビジネスの接点を探るスペシャル対談を前後編でお届け。

アートとビジネス — そのアプローチの違いを通して、創造の源泉を探っていきます。


課題解決の方法論



石川 森生
ルームクリップ株式会社 KANADEMONO カンパニー長。 RESORT 代表取締役CEO、トレンダーズ 社外取締役、オルビス CDO(Chief Digital Officer)等を兼任。多くのベンチャーへエンジェルとして参加。

石川:ビジネスとアートという異なる視点から見て、目の前の課題を山に例えるならば「同じ山に登っているけど、辿っているルートが違う」のだろうとイメージしています。

僕は課題に向き合うとき、どうしても数字やロジックから考え始めてしまうタイプなんですが、藤田さんはもう少し別の角度から物事を捉えているように感じていて。そのアプローチの違いがすごく面白いなと思うんです。

アート領域では、数字とロジックから組み上げていくような予定調和の中だけだと面白いものは出てこない。人を感動させたり、人を動かすものにならなかったりすると思うのですが、クライアントワークを進めていくとき、求めるゴールにどうアジャストしていかれるのですか? アートとビジネスの接点を考えた時の共通点と異なる部分についてお聞かせください。

藤田 二郎(FJD)
アート・ディレクター/グラフィック・デザイナー。Calm、Nujabes、Uyama Hiroto、藤原さくら、桑田佳祐、橋本徹(SUBURBIA)監修の「Good Mellows」シリーズなど、メジャー/インディーズ問わず数多くのCDジャケット・デザインを手掛ける。

藤田:世の中に出ているものは、岩が水に揉まれて丸い石ころになったみたいなもの。つまりそれまでに膨大な案を出した上でできあがっているものなんです。

では丸い石ころになるまでに何をしているかといえば、やはりクライアントとのコミュニケーションがすべてなのかなと思っています。クライアントの要望や考えは都度異なりますが、どの案件に関してもそこまでの過程はチームで進めているという感覚です。

石川:アートとしてのアウトプットがいきなり出てくるわけではないということですね。

藤田:思考とコミュニケーションの積み重ねです。だから突然アイディアが降ってきて、それを案として出すという発想はありません。アーティストは自己表現する人、自分の魂から出てくるものを見つけるというイメージですが、私が手掛けるアートディレクションやデザインというのは、「何かのために」ということを踏まえた皆の総意、成果物であると考えています。


対談インタビュー4

『MEET YOUR ART FESTIVAL 2025』でコラボレーションしたブース「Timeless Sound & Living」



藤田:今回お声がけいただいた『MEET YOUR ART FESTIVAL 2025』においての KANADEMONO さんとのコラボレーションでは、それとはまた少し異なる、自分のアートをぶつけるという面白さを経験させていただきました。

石川:ということは意外にも藤田さんにとって新しいお題だったということでしょうか。

藤田:はい。ちょっと覚醒したような感覚です。

全てはコミュニケ―ション

対談インタビュー5

石川:これまでのご経験で、クライアントが出す「これが正解」みたいなものと、藤田さんが本当にやりたかったこととが完全に一致しているわけではないということはあったりするのでしょうか?

藤田:提案の段階から責任を持って提示しているものなので、クライアントが最終的に選ぶものには納得しています。もちろん例えば「この文字をもう少し大きくしてほしい」というリクエストに対して、個人的にはこちらのサイズの方がいいのにな...と思うこともあります。

でも、それも含めてしっかりこちら側の意見もお伝えしますので、やはり全てはコミュニケ―ションなんです。だからでしょうか、私は完了した仕事に対して「作品」という呼び方をしたことはありません。自分の作品ではなく、関わる人たち皆の成果物だと考えています。

対談インタビュー6

藤田二郎氏がこれまで手掛けてきたレコードジャケットデザインと今回のイベントのために描いた新作アート



石川:それは僕もすごくよくわかります。ECサイトを作ってものを売るということをずっとしてきていますが、ECサイトのデザインを考える際に、藤田さんのようにビジネスのソリューションとして、クリエイティブを見ている方のデザインはとてもシンプルです。

実はECサイトに期待されている作法みたいなものがあって、これを押したら商品の詳細が見ることができて、これを押したらカートに入る。淡々と思った通りに進むことがストレスがなくていいデザインだし、購入率アップにつながる。ECサイトにおいては、このボタンを押したら、どこに行くんだろうと奇をてらうことは必要なかったりするんですね。作品を作っていきたい思いが強い方がディレクションすると、その辺りが少し変な感じになることがあります。



対談インタビュー7

KANADEMONO THE TABLE 商品ページ



藤田:そうなってしまうのは、目的に寄り添いきれていないということですよね。デザインというのは、基本的に設計に置き換えて考えられると思うので、買いやすさ、カートにいくまでのストレスのなさもデザイン。見え方だけがデザインではありません。

石川:まさにその通りだと思います。僕がこれまでご一緒してきたクリエイティブディレクターの中にも、それを体現している方がいました。

その人に対して本当にすごいと思ったのは、その人が一番時間をかけていたのがいわゆるサイトの見え方、全体のデザインではなく、ボタンとボタンの間のマージンの取り方。それをスマートフォンやタブレットなどさまざまなサイズの実機で細かく確認していたことでした。藤田さんが今言われた、目的を踏まえたストレスのなさに妥協しなかった点です。

藤田:私たちのクリエイティブでも、実物を作って見てみないとわからないものは多いです。例えば名刺一つとっても、プリントアウトしてカットして置いてみる、までをしないと出来上がりのスケール感がわかりません。色の出方などもそうですね。だからその優秀なクリエイティブディレクターの方がマージンにこだわるというのがとてもよくわかります。

買う理由をデザインする

対談インタビュー8

石川:もう少し具体的な企業の課題解決について話していきたいと思います。僕らの場合は、ものを作って売るというビジネスをしているため、クリエイティブやデザインがどう売り上げにつながっていくかというところをどうしても期待してしまいます。

家具でいえば、買いたくなるためには自分の暮らしにフィットするというイメージを提供する必要があると考えます。こうした「ものを売らなければならない」という場合のデザインアプローチや考え方はどのように存在するのでしょうか。

藤田:私の仕事でいうと音楽系のジャケットのデザインや、商業施設などのアートワークにおいて、実際に行動を起こせるかというところに通じると思います。ジャケットを手に取ってもらえるか、施設に足を運んでもらえるかという点です。



対談インタビュー9


例えば、今はCDが売れない時代ですが、これは「もの」として持っておきたいなと思わせる熱量や質感を感じられるかという点を特に大事に制作しています。絵画でもやはり一点ものが放つ熱量、本物感って違いますよね。

石川:そうですね、違うと思います。実はその熱量を実感した経験があります。以前、カタログ販売がメインの企業において顧客とのコミュニケーションのDXを期待され、試みた案件がありました。でもカタログからの購入率は、ウェブでアプローチした場合のレスポンスの比ではないことに愕然としたんです。一つずつの数字が10倍ほど違いました。

藤田:時代もあると思いますが、カタログを楽しみに見て買うという方が確実にいらっしゃるわけですね。

石川:まさにそれで、習慣化みたいものが一つ大きくあって、ウェブで購入している方の中にもカタログを見た上で、購入する場所がウェブであるという方が多かった。理由は電話注文が面倒だから。紙のカタログの熱量が顧客に伝わり、ウェブは買うためのツールとして存在しているということがわかったんです。だからそのブランドにおいては紙のカタログを残すべきだということになりました。

藤田:残すという選択もディレクションですね。

ブランディングという言葉を逃げ場所にしない

対談インタビュー10

石川:ウェブはもちろんツールとしてすごく便利なところもある反面、全部それで置き換えられるかと言えば難しくて、やはりフィジカルな接点を持っているほうが圧倒的に人の気持ちを動かすということを感じた事例でした。藤田さんがおっしゃった熱量という点がまさしくキーワードだと感じています。

藤田:KANADEMONO さんでいえば、この顔を用いたロゴ一つを取ってみても熱量が伝わりますよね。ここからお客様とのコミュニケ―ション、暮らしや対話が見える気がします。

石川:ありがとうございます。実はこれについては、藤田さんのようにアートに携わる方々から見た時の解釈と数字で見た場合の解釈が少し違っていたんです。

KANADEMONO 創業当時は、今のようなロゴもなくシンプルにテーブル画像を露出していました。顧客接点としては主にSNS広告を利用していましたが、なかなか費用対効果が合わずコスト構造的に耐えられなかった。そこでちょっとした「引っ掛かり」、ある種の「違和感」みたいなものを見た方の記憶に残そうとあの顔が生まれたんです。



対談インタビュー11
KANADEMONO のスタイリングテイストを表すブランドイメージアイコン。現在は6種類


藤田:記憶に残るというのは、デザインにおいてもとても大切な部分だと思います。

石川:僕のあのアートディレクションに対する評価としては、広告の投資効率がよくなったという面で「いいデザイン」と考えています。この施策によってSNSフォロワーも一気に増やすことができましたが、実はもう一つの課題も解決してくれました。認知と理解の時間軸のずれです。

特に家具は気に入ったからといって衝動買いするものではないので、SNSを通じてなんとなく目に入っていた洒落た部屋の写真と顔らしきもの(認知)が、ある日家具を探し始めたタイミングで顔ロゴを配した家具屋であると気づいて(理解)いただける。そういうものになれた気がしています。街歩きをしている際にも「このブランドってここだったのか...」と後になって気づくことって結構ありますよね。

藤田:時間軸がずれて理解されるというのはたしかにあります。とても面白い。



対談インタビュー12



石川:ブランドの価値を算出するのは難しい。マーケティングにおいてブランドとかブランディングという言葉が多用されますが、あれには少しモヤモヤすることもあるんです。

僕がブランディングという言葉を使う時は、数字で計測できるものであることを基準として、その言葉を逃げ場所にしないようにしています。だから今、藤田さんにあのロゴを褒めていただけたのはとても嬉しいです。KANADEMONO は、数字とアートが掛け合わさったことから売りが作れていると感じていますし、それを目指しています。


藤田 二郎(FJD)氏
アート・ディレクター/グラフィック・デザイナー。Calm、Nujabes、Uyama Hiroto、藤原さくら、桑田佳祐、橋本徹(SUBURBIA)監修の「Good Mellows」シリーズなど、メジャー/インディーズ問わず数多くのCDジャケット・デザインを手掛ける。また、書籍のアート・ディレクションや日本科学未来館プラネタリウム・コンテンツ「MEGASTAR-Ⅱcosmos」公式パンフレットのアート・ディレクション等、その仕事は多岐にわたる。

近年は渋谷ストリームホテル(旧名称:渋谷ストリームエクセルホテル東急)のアート・ディレクションとアートワーク、伊勢丹新宿店のディスプレイ、国内最大級のヴィラ「Wellis Villa Awaji」のアートワークなど、空間に携わる仕事も数多く手掛けている。

Instagram:https://www.instagram.com/fjdfujitajiro/
よみもの一覧に戻る